iPS細胞は京都大学再生医科学研究所の山中伸弥先生の研究室で作られた細胞で、ES細胞と同様に体の中のあらゆる細胞になる(「分化する」と言います)能力を秘めた細胞です。
ES細胞と異なるのは作り方で、ES細胞は受精卵がある程度分裂したところで壊してその中の一部の細胞を使って作るのに対し、iPS細胞は大人の皮膚の細胞に遺伝子を3種類入れて(遺伝子導入)作ります。
受精卵は人の生命という教義のあるカトリック信者にとってES細胞は殺人を犯して作った倫理的問題のある細胞であるのに対し、iPS細胞はその問題を解決する細胞としてカトリック信者であるブッシュ大統領やローマ法王が歓迎のコメントを出しました。
しかし、それよりも細胞移植研究にとって最大の意義は拒絶反応がない細胞ということです。すなわち、患者さんの皮膚細胞からiPS細胞を作りさらに他の必要な細胞に分化させれば、簡単に採取できる皮膚細胞から拒絶反応のない自分の移植細胞が作れるということです。さらに、患者さんのiPS細胞は、その病気の研究や薬の効果を確認することに使えることも利点です。
ただし、再生医療へ向けての問題がすべて解決するということではありません。性質はES細胞とほとんど同じで、ES細胞を超えるものではありません。ですから、ES細胞でできないことはまだできないのです。現在、ヒトES細胞から網膜色素上皮や網膜神経細胞がたくさんできるようになっていますし、近いうちにヒトiPS細胞からも網膜細胞が作れると思われます。
さいわい網膜細胞は比較的よくできますが、神経や心筋など以外の細胞はまだあまり効率良く分化させる方法がありません。また、視細胞の場合は細胞ができても患者さんの網膜細胞とつなぐところ(シナプス形成)はまだうまくできません。これはES細胞から作った視細胞とまったく同じです。
また、もうひとつの問題は網膜色素変性の患者さんの細胞から作ったiPS細胞は網膜色素変性の原因となる遺伝子変異を持っていますので、視細胞を作っても同じように変性してしまうと考えられます。視細胞の場合拒絶反応は強くないので遺伝子変異のない他人の細胞の方がよいのです。iPS細胞のバンクが作られるという構想もありますので他人のiPS細胞ならよいですが、現時点では網膜色素変性の場合はむしろES細胞から作った視細胞の方がよいということになります。
さらにES細胞は受精卵から自然に分化する細胞であるのに対し、iPS細胞は遺伝子組換えして無理に作った細胞です。未知の危険(腫瘍化など)があるかもしれませんし、ES細胞に本当に匹敵するのかどうかもまだわからない部分があります。網膜色素変性の再生医療の実現には、iPS細胞だけでなくES細胞の研究と視細胞のシナプス形成などの研究が必要です。
我々の究極の目的は網膜色素変性の治療開発ですので、下記の網膜色素上皮移植と同時進行で今後も研究を進めていきます。以上、ご理解いただきますようお願いいたします。
追記:網膜色素上皮移植
一方、網膜色素上皮細胞はつなぐ必要がなく、すでにサルの実験まで行われていますが拒絶反応が強くでるので自分の細胞でないと拒絶されるということのみが問題でした。ですので、自分の細胞で作られるiPS細胞由来の網膜色素上皮細胞は移植に最適ということになります。
実際、臨床応用が最も近いと考えられており、まずは「加齢黄斑変性」(黄斑変性の中の1種です。加齢性以外の黄斑変性には適応になりません。)という疾患の進行した方(両眼の裸眼でなく矯正視力が0.05以下ぐらい?まだ未定です)を対象に治療というよりも安全性を確認する手術となると思われます。
網膜色素変性は主に視細胞の障害ですので、残念ながらまだ治療の対象とはなりませんが安全性の確認のための手術にご協力いただくことはあるかもしれません。